24時間、あなたに語りかける 片山さつき 自民党 参議院議員

日本養殖新聞、第59回全国内水面漁業振興大会に登壇た写真掲載です!水戸市で開催。

日本養殖新聞に、第59回全国内水面漁業振興大会に登壇した模様が掲載されました!

(下記をクリック!!)
養殖新聞

一億総活躍推進本部新体制が、自由民主の一面トップに!事務局長片山さつきのコメントも!

逢沢一郎本部長から、川崎二郎本部長に交代し、新規スタートした自民党一億総活躍推進本部!記者やテレビの集まりも良かったのですが、全国百万党員に伝わる自由民主の一面トップに!片山さつきの事務局長としてのコメントもバッチリ!
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少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口一億人を維持し、家庭・職場・地域で誰もが活躍できる社会を目指すため、私も実行部隊の責任者である事務局長として全力で取り組んで参ります。

自民党政調会長代理(災害・復興担当)として、宮城県の復興状況を復興庁・復興局の職員とともに視察!

自民党政調会長代理(災害・復興担当)として、宮城県の復興状況を復興庁・復興局の職員とともに視察に伺いました。ごねんはんまえの震災以降、被災地入りのかいすうは、70を超えた所でカウントを止めました。

最初は、女川駅前プロムナード。こちらでは、須田町長、木村議長とご一緒に歩き、27年にまちびらきが行われた女川駅中心部において、温浴施設「ゆぽっぽ」、JR駅舎やプロムナード等、まちの賑わいが戻りつつある様子を見ながら、これからの女川について意見交換させていただきました。
2女川集合

テナント型商業施設シーパルピア女川では、東北大開発の新金属と地元の木で制作しているエレキギターの製作現場に立ち寄りました。
女川エレキ

また、仮設の時にも伺った相喜フルーツ女性店主さんにもお会いでき、元気にご商売を営む様子も拝見できました。
女川フルーツ

女川視察の終了間際、須田町長、木村議長から日々変化するニーズ等、率直な意見交換をしました。
3女川集合

女川の後は、南三陸町の八幡川左岸地区の土地区画整理事業を視察しました。
南三陸集合写真

南三陸町の志津川地区では、いつか再来する大津波から人命を守ることを最優先に「住宅の高台移転」に取り組んでおられます。高台では、住宅や公共施設が建ち始めており、住宅宅地は今年度迄に完成予定となっております。この地域では、災害公営住宅と合わせ4割強のみが移転済だそうです。
今回は、隈研吾設計の木を活かした6棟で来年3月3日にオープン予定の観光交流拠点を16mの盛り土の上から説明を受けました。
南三陸

建設中の高台からは、東日本大震災により被害を受けた「旧防災対策庁」が見えました。こちらは昨年末から平成43年3月まで県有化され、今後の在り方について町民の皆様による議論を深めていくという報告を受けました。

次に東京五輪のボート・カヌー会場の代替地として挙がっているアイエス総合ボートランド(長沼ボート場)の視察に伺いました。
登米市集合

コースや設備の説明を受け、復興住宅(図面の様に選手村に転用するのが県の案)も視察しました。オリンピック組織委員会では、同会場での開催には、9つの問題点を指摘しています。また、被災地の中では石巻が聖火リレー出発点に手を挙げ、野球ソフト、サッカー、ラグビー含め復興五輪をどう実現するかが課題となっています。
南三陸集合写真

最後に、東日本大震災で被災した南三陸町民が暮らす登米市南方町の南方仮設住宅に伺いました。
登米市 仮設

南方仮設住宅は351戸ある町最大の仮設住宅団地です。2011年6月から入居が始まり、ピークの同年11月には310世帯689人が暮らしました。今年9月末現在で146世帯282人が入居していますが、防災集団移転に伴う自宅再建中の10世帯を除き、来年3月までに退去する予定です。
登米市仮設資料

【自民党政調会長代理・災害担当として『阿蘇山噴火に伴う被害状況』を視察!】

前号に続き、被災地視察のレポートをします。

阿蘇大橋の崩落現場ならびに、復旧状況を視察した後、8日深夜に発生した、阿蘇山噴火に伴う被害状況の視察に伺いました。

※写真

この度の噴火は、8日午前1時46分、熊本県・阿蘇山の中岳(標高1506メートル)第1火口で爆発的噴火が発生しました。

爆発的噴火とは、マグマの熱が地下水に伝わって起こる「水蒸気噴火」か「マグマ水蒸気噴火」との見方が強く、一部の専門家では、熊本地震との関連を指摘する方もいらします。今回は、爆発的噴火だったことから、マグマの熱が伝わり、地下水が沸騰して爆発する「水蒸気噴火」の可能性があると言われています。

2014年9月27日に58人が死亡した日本における戦後最悪の火山災害である御嶽山噴火と同種の噴火となりました。

すでに、火山灰の撤去作業を住民が行っていたため、比較的住宅の敷地内はきれいになっておりましたが、いまだ手つかずの箇所は灰色に見え、火山灰独特の硫黄の臭いが立ち込めてました。

※街中の写真

熊本県阿蘇地域振興局にて、各報告を受けました。が、庁舎内もうっすらと火山灰や硫黄の臭いが立ち込めていました。

佐藤市長はじめ、蔵原市議会議長、河津県議会議員、各所管の局長たちから灰噴石、停電他被害状況の報告を受け、農作物被害への対策と、年末に切れる九州プレミアム旅行券延長と地域の商店街支援の商品券要望をいただきました。

※会議中の写真

懸念されている農作物の被害は、この影響により、トマトなどを栽培する農業用ハウスに火山れきが当たって屋根に穴があくなどの被害が70棟以上で確認されたそうです。また、イチゴ農家の全体の25%で畑に火山灰が堆積し、土壌が酸性化するおそれがあるということで、今後、石灰をまくなどの対策が必要となるケースもあるとしています。
農家の方からは、農業用ハウスの屋根に火山灰が積もり、ハウスの中に十分に日光が入らず、来月まで収穫が続くトマトの生育を心配する声も出ているということです。
一方、コメについては、これから刈り入れを迎える一部の品種についても、火山灰による大きな被害は確認されていないということですが、火山灰が機械の故障の原因にも繋がるとして予断を許さない状況です。
熊本県と阿蘇市は、今回の噴火による農業被害の調査を進め、必要な支援を行う方針を打ち出そうとしています。

※市長たち集合写真

私も党の復興災害担当として、できる限りの支援を行っていきたいと考えております。


がまだせ!熊本!




















自民党政調会長代理・災害担当として『熊本地震による益城町の被害状況と阿蘇山噴火に伴う被害状況』を視察!】

9日の福岡県筑後市・八女市の台風被害の視察を行った後、そのうちの夜に熊本入りをし、翌日早朝より自民党熊本県連新事務局長ご同行のもと、今月14日でちょうど半年を迎える熊本地震における被害状況とその後の復興状況を視察しました。

三連休最終日ということもあるのでしょうか。にわか、観光客も多数見かけましたが、タクシーの運転手の方曰く、それでも人は減ったそうです。


まずは、熊本のシンボルでもある「熊本城」に参りました。当時テレビではお城の屋根瓦が崩落した様子が流れ、まるで火災が発生したようにも見えたのが記憶に残っています。

この時、天守に備えられている2つのしゃちほこも落下したようでした。



※写真(熊本城)



参道への道を囲む石垣を土嚢で支えるといった地震対策をほどこしているのを見かけました。初代城主・加藤清正をを祀った城内にある加藤神社は、6月から一般公開を再開されておりましたので、復興祈願をさせていただきました。



※写真(参拝写真)



熊本市の発表では、石垣全体3割の積み直しが必要で、およそ354億円の費用がかかると発表されていました。

災害の直後にもっとも大切なことは人命で、次にライフラインの復旧になります。そして、災害で後回しにされるのが、文化財です。熊本の復興にはシンボルが必要であり、県民の皆様のシンボルは他ならぬ、熊本城だと考えております。



熊本城の倒壊被害視察の後は、震度7が2回続いた益城町の被害状況を、西村博則益城町長と大平雄一熊本県議会議員から報告を受けました。

益城町 市長 県議と


益城町は、熊本市の東側に隣接しており、人口約3万3千人で、近年は熊本市のベッドタウンとして発展しました。町中心部には住宅街が広がる一方、北部一帯は益城台地と呼ばれる畑地が広がり、水田も多く「阿蘇くまもと空港」や「益城熊本空港IC」などの交通拠点があり、田園と都市が調和する長閑な町でした。

しかし、移動するにつれてビニールシートで覆われた建物や、被災建築物応急危険度判定によって住めなくなった建物が見えてきました。

被害にあった住宅は、建築年代によって大きく耐震性が異なります。1981年以前の建築住宅は、建築基準法の耐震基準が改正・強化される前に建てられているため、耐震性が低く、震度6強や7といった大地震には耐えられません。そのため、国や自治体は耐震補強を積極的に勧めていますが、同地域では進んでいなかったようです。古い基準で建てられた住宅は壊滅的な被害にあっていました。

益城町 現地ヒアリング中


復旧、復興状況としては、7月6日に震災復興基本方針の策定。年内中に「益城町復興計画」を策定予定だそうです。また、応急仮設住宅の整備、入居者の孤立を防ぐためのコミュニティづくりに始まり、7月7日より、倒壊家屋等の公費解体撤去を開始し、平成30年3月までに終了するように努められている報告を受けました。

益城町 歩行中



益城町の震災被害の視察後、同地震で崩落した「阿蘇大橋」の現況確認に伺いました。

阿蘇大橋 山崩落現場


全長約200メートルある阿蘇大橋は1971年に開通し、国道325号は黒川をまたいで国道57号と接続し、南阿蘇村や宮崎県方面から熊本市内方面に至る主要ルートとして利用されています。しかし、今回の震災により、橋の西側の山で斜面崩壊が発生しました。

国土交通省は専門家による技術検討会を設置し、被災状況から元の位置での復旧が困難と判断し、下流側600メートルで架け替えることに決定されてました。予定では、現在の約200メートルの橋からからを大幅に上回り、600~700メートル規模の長さになるようです。

早く施工できることや地震に対する安全性を考慮して、新橋の形式をプレストレスト・コンクリート(PC)ラーメンに決定し、着手しておりました。交通や観光の利便性の早期確保、村内のコミュニティー分断の早期解消に効果があると見込んでおります。

山崩落現場2


人やモノの移動にインフラ整備は必要不可欠です。連休返上で現場で作業される職員ならびに工事関係者の皆様には感謝申し上げます。

次号に続く。
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