いやはや、この一か月、移動距離は半端じゃなかった私です。
ブログの方は、ついついサイン会の模様や、写真が多くなり、申し訳ありませんでした!
先週からボランティアの同志が増えて、「片山さつき真実の議論」号も、あちこちに出没できるようになりました。
 キャラバンは、とても楽しいのです。高速で、渋滞の環状線で、地方の細い抜け道で、いろんなかたが「あっつ、さつきさんだ!テレビでみるより細い!」(8割方のひとが、こうおっしゃいます。)

 学生さんたちも、「自分の言葉で、真実の議論で片山さつきが訴えたいことを、叫んでみて」というと、個性あるアナウンスをしてくれます。だんだん病みつきになってきた人も、、。

 日本版ティーパーティー、と私が打ち上げたときに、うちのだんなさんは、「おまえそんなこと言ったって、国民の1割も、意味わかってくれないぞ。」と冷やかしましたが、私は「それでもいいの。アメリカでいえば、カントリー歌手が、日本でいてば演歌歌手が、CDを持って、時に演奏しながら国中まわるのと、原理は一緒なんだから」と、押し切って始めちゃいました。

 ボストン茶会事件、といいますが、代表なければ課税なし、は当然のこと、植民地が本国からの自由を求めて独立する旗印であろうと、絶対君主の圧政から民主主義を勝ち取る戦いであろうと、ええじゃないか、であろうと、きっかけは、人が集う場所で声を上げることです。

 自由とは、経済においては市場。政治においては民主主義。両者は車の両輪である。私のフランス国立行政学院の先輩である欧州中央銀行総裁、シャンクロード・トリシェ氏の言葉です。
 コストはかかるけれど、偏りを防ぎ、恣意性を排除できる、次善の策。

 自由であるためには、自立した個人でなければならない。
 こうつぶやくと、必ず反論が来ます。「日本人の精神構造に西欧型の個人主義は似合わない、、。」
 そういう論調は、マスコミを中心に根強いですが、私は日本人の本質は、結構ユニークだと信じています。

 お互いを配慮し、おもいやる文化が、自分の意見がないかのように見せている部分があります。そして、教育も、われ思う故にわれ在り、といった哲学や、議論の方法を教える部分が非常に少ない。
 じゃあ考えていないのか?そんなことはありません!

 この時代、生活は、楽ではありません。特に停滞局面ですから、みんな「昔のようにはいかないのね、あーあ!」
 でも、まだまだ破滅にはならないわよね、戦争中みたいなことはないわよね、ちょっと我慢していればそのうち、、。」

 たかをくくっていらっしゃるのでしょう、、。本当に土壇場になれば、焼け野原になれば、そこからの立ち上がりは日本人が一番強いです。

 とりあえず、今大切なのは、車の1輪の「独裁」を止めること!

 それはこの夏にかかっています。