午後1時、一番乗りかと思って、参議院議員会館前のバスに乗ったら、世耕国対委員長代理が既に。後ろからは、羽田参院民主党国対委員長。役職者の方が、早く来る傾向。

国立劇場は、歌舞伎がかかっていますが、今日は、書道の大家が見事な筆ぶりで書いた「東日本大震災犠牲者追悼」の柱の周りに、岩手、宮城、福島3県産の花が埋め尽くされ、お名前が出ているのは天皇皇后両陛下の一対tのお花のみ。

私は、舞台に向かって左側の最前列(侍従長と女官の後ろ)に、自民党の鴻池議員とみんなの党の松田議員の間の席で、あとで、「結構写っていましたよ」と言われましたが、犠牲者・遺族の哀悼の辞のときに、涙ぼろぼろ流してましたので、それももしかしたら一瞬写ってしまったかもしれません。

 陛下は、三権の長のご挨拶を聞かずに、ご自分のお言葉を終わられて、ご退席になられましたが、りんとして、しかも皆の悲しみを背負われて、すばらしいお言葉でした。

 「大震災の記憶を忘れることなく子孫に伝え、防災に対する心がけを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを、一同とともに願います。」

 まさに、私たちが、「国土強靭化基本法」を作っていく精神そのものであり、大きな勇気をいただきました。
涙なしでは聞けなかったのは、岩手、宮城、福島の震災犠牲者のご遺族による弔辞、哀悼の辞です。

 特に、私にとっては年代的にそう違わなそうな、宮城県の女性の言葉があまりにリアルで、私も被災地で似たようなお話しを、聞いた石巻でのことだったので、凍りつくように残酷な状況に、涙が止まりませんでした。

 23歳の息子さんが、去年の3月11日を入籍の日に選んだ。お嫁さんは妊娠中。すばらしいスタートとなるはずだった日、あの地震と津波に遭遇、海から5メートルしか離れていない避難所で、息子さん、14歳離れた妹さん、おじいちゃんおばあちゃんが、みな亡くなってしまった、、。「窓からは、海が、迫りくる津波がみえたはず。どんなに怖かっただろう」 見つかった遺体はまるで、年の離れた妹を抱いて守るかのように、、。
 でも7月には、無事子ども(お孫さん9が生まれてすくすく育っている、、。

 日本ではマグニチュード8をこえる地震は、1946年に起きて以来、今回の大震災まで65年なかった。だから、大槌町や山田町で、「ここまで津波がきた」という石碑が残っているのを見ましたし、本当にl今回もそこまでは水が来ていましたが、そこより低いところに多くの家や施設が建ってしまっていたのです。避難所も、ほんの数メートルの津波を想定して設定され、今回最大20メートルを超えていたことが判明した事実から見ると、あまりに甘くて、無防備。

 それなのに、この残酷な震災は、すでに風化が始まっています。日本人というのは、なぜ、失われた同胞の血に対して、こんなにも淡白なのか?
  「イラクなら、菅総理は死刑だ」と、小池百合子議員の友人が電話してきたそうです。
戦争の犠牲についても、阪神や今回の東日本大震災についても、のど元過ぎれば忘れてしまう。
 仕方がない、であきらめ、責任の追及もうやむやに許してしまう。
 明日、二重ローン問題で、7月以来7ヶ月ぶりに、ニュースで2時間討論しますが、私たちが、400年に一度の異常事態、しかもいまだかってない被害量、面積、土地の価値の消滅、といった日本の金融が平時に想定していない事態に平時のスキームを名前だけ変えた「中小企業再生ファンドならぬ、産業復興機構では、ほとんどの事業者は助かりませんよ。」と、声をからしてうったえ続けたのに、7月末に参院を通過した法案を4ヶ月成立遅らせた。これは明確に、現与党の責任です。
 数字は嘘をつきません。震災倒産の件数は、阪神のときの4倍のペース。産業復興機構に持ち込まれた相談千数百件のうち、ファンドが買い取ったのはたったの7件。それなのに、中小企業庁は、地方の出先を通じて、使えないファンドの方に誘導しようとし、まだできていない県には作らせようとする、こういう役人を早く事実上殺さなければ、世の中の害ですね。
 この国に、もう、国士のような役人はいません。いなわらのセシウムを見逃して出荷させた騒ぎのさなか、私のところに説明にきた、農水省の若手が言っていました。
「、まず頭が動脈硬化している官僚を全員入れ替えることですね」
 明日は、びしびし言わせていただきます。ご期待を。