ある在日本欧州外交官の予測どおり、残虐で怒りに堪えないテロ集団によるアルジェリア人質事件では、当初から行方不明といわれていた日本人10名全員が、亡くなられるという、最悪の結果となってしまいました。

 司法解剖の結果報道によれば、激しい銃撃や爆発の痕跡があるようで、アルジェリア軍と犯行グループの交戦が激しく、「人間の盾」とされた9人の中にも「少なくとも1名の日本人がいた」との生存者の証言もあるようです。
 軍側、テロリスト側、どちらの銃撃あるいは爆破が死因となっているのかの判別が正確にできるのかどうかについては、専門家も「一般論としては困難ではないか」との見方のようです。

 私が大蔵省から派遣されて留学していた「フランス国立行政学院」(シラク元大統領、オランド現大統領の出身校)では、外交の授業で「中東」は必須で、これだけは外国人クラスには、非公開でした。
 アルジェリア戦争は、彼らにとってある種の頚木のようなもので、モロッコ・チュニジアと比べてアルジェリアとの関係には非常に神経を使っていましたね。
 しかし、フランスは旧仏領を「フランス語圏サミット」などでしっかり抱え込もうとはし続けており、その権益確保は、政権が保守であろうが、社会党てあろうが、じつにねっとりと執念深いものがあります。フランスのエネルギー企業は、特殊な採掘、採取技術を持っているのですが、それはアフリカの各地域でのエネルギー開発に起因するものが多いのです。
 ところで、私が留学した年の外国人クラス31人のなかに、初めてのシリア人学生(ダマスカス大学元学長の子息)がいて、学院への熱心な働きかけにより、我々は、外国人のみのクラスなのに、「フランス政府代表」として、シリアを公式訪問することに。10日間、特高警察の警備付きで、現在戦闘地と化しているアレッポなど主要都市を一周しました。

 当時の駐シリア日本大使を訪問した際、大使はアラブ地域にご造詣が深いかたとお聞きしていたので、「アサド独裁政権の本音の情報はどうやってとるのですか」とお聞きしたところ、悲しそうに首を横に振って「1に旧宗主国であるフランス大使、2にアメリカ大使から聞くしかないですよ。日本には歴史的なコネがない」と仰っていたのが印象的でした。
 中東諸国は殆どが「独裁国家」で上方はコントロールされていますが、その国で働く日本人や日本企業の安全や経済権益を守ろうとすれば、常に独裁に揺るぎが出たり、反体制勢力が混乱をもたらすかどうかに気を配らねばなりません。しかし、私の知る限り、中東や北アフリカ(イスラム系)諸国のほとんどの日本大使館は、独自ではその能力を持っておらず、アメリカなどから本省が入手した情報がフィードバックされることすら。
 これは80年代半ばのことでしたが、それ以前、イラン革命前夜「パーレビ体制は磐石」との公電で本国に報告したことで有名な大使もおられましたが、その3ヵ月後に革命がおき、政権は崩壊したのであって、その予兆を最も早く予測して、対応しようとしていたのは、三井物産でした。

 その後のイラク戦争、アフガニスタン、フセイン体制のおかれている状況、イランなどについても、日本の外交ルートの情報は決して早いとは言えず、その都度「大使館を強化する」「駐在武官」情報収集能力」と繰り返されてきましたが、今でも毎年採用されるキャリア外交官のうち、アラブ・ペルシャ、マグレブ、ベルベル等の専門家は1人いるかどうかではないでしょうか。

 イギリス等には海外進出企業をテロや犯罪から守る「民兵会社」がありますが、今回はBPや英国人も被害にあっており、イギリスの定評ある情報機関の能力も及ばないほど「アラブの春」で反体制勢力が力をつけ、金銭面でも豊かになり、作戦も巧妙で、内通してくれる「仲間」も容易に見つけられる状況になってしまっている。
  この2年ほど、そういうことは言われていましたし、日揮も社員の方々も、アルジェリア軍に厳重に警備されたプラント施設の中で、どこへ行くのかも言ってはいけないような緊張感ある対応をしていた。「一般の民間企業としての自己防衛手段はとっていた」

  しかし、10名もの犠牲者が出てしまった、しかも日本人の死者が最多だったことを重く受け止め、海外展開する企業や企業戦士が二度とこのような目にあわれないように、国家外交として警戒情報を発せられるような、中東北アフリカ対策を採らねば、犠牲になった方の魂が浮かばれないでしょう。
  アルジェリア政府は、解決方法として「人命優先よりもテロリスト殲滅」と、極めて短時間で判断している。
 日本の首相や英国の首相の必死の強い要請を寸時に拒否したことには、相当な理由があるはずです。 
 その背景となっていると思われる「やらなければやられる」国内政治状況。
 
それは、外国人、特にこの地域に特殊な歴史的コネクションや人脈が薄い日本人にとっては、守ってくれるはずの体制側の弱体化であり、「危険度が増している状況」であったはず。いつごろからどの程度どうなっていたのか、アラームを鳴らすのはどのタイミングなのか?少なくとも不十分だった可能性が否定できませんから。